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アルジェリア紀行(2)

 誰でも最初の経験は、まるで昨日の事のように鮮明に覚えているものです。私も初めての空の旅には興奮しました。それが過酷な異国で働くために出掛ける旅の始まりだというのに。

 今ではヨーロッパまで直行便で行くのが常識ですが、その前はモスクワ経由の時代があり、さらにその前がアンカレジ経由でした。

 1971年というとジャンボ機登場直前の時代で、北極経由が最短コースだったのです。日航パリ便の乗客はわずか20人ほどで広い機内はジェット機の轟音に包まれながらも静寂が支配していました。

 窓の外は漆黒、その闇の彼方に学園紛争で騒然とした雰囲気の中で過ごした東京での4年間の学生生活のことが思い出されました。

 突然、頭に灯りがつきました。「ここはもう日本ではない。日本の法律が及ばないところを飛んでいる」という開放感と喜び。

 数時間後、アンカレジ空港に到着、ロビーに飾られていた大きな白熊の毛皮に驚嘆しつつ、本屋に直行。東京の丸善では砂消しゴムで無惨に削られていた「プレイボーイ」誌の写真に見入ったものです。

 「日本の法律が及ばない」最初の実感がプレイボーイの無修正写真だったというのも情けない話ですが。

 アンカレジを発ったダグラスDC8スーパーコンステレーションは早朝のアムステルダムに寄港、着陸寸前にまだ街灯がついた町並みと静かに走る乗用車が眼下に見え、初めて“外国という存在”を現実のものとして認識しました。

本誌:2006年12.4号 14ページ

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