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アルジェリア紀行(1)

 大学4年の秋、卒論をそろそろ執筆しないといけない時期になっていたのに原稿用紙も頭の中も真っ白。そこに救世主のごとく現れたのが、大学のアルバイト掲示板に張り出された1枚の募集要項でした。

 横浜の大手エンジニアリング会社が、当時アルジェリアで建設中だった工事現場で働くフランス語通訳を探していたのです。

 私の専攻は教育心理学で、フランス語は第2外国語でかじった程度、およそ通訳など務まるレベルのものではないことはフランス人による面接でバレバレだったと思うのですが、「休学して“地の果て”アルジェリアに行きます」という私の心意気を買ってくれたのでしょう、即採用になりました。

 この話に飛びついた理由は他にもありました。給料月額20万円!に目がくらんだのです。当時の大卒初任給は4万円ちょっと、私大の年間授業料が8万円の時代でした。

 会社からもらった支度金10万円を片手に、さっそく新宿の小田急百貨店に出掛けスーツとパナソニックの中波・短波ラジオを購入しました。その時買ったスーツが体に入ったのはほんの1、2年、今から考えるとまるで子供服です。

 それにひきかえ、パナソニックのラジオは35年が過ぎた今でも現役で毎日ニュースや音楽を届けてくれます。

 さて、大学の友人達に別れを告げ、秋も深まる1971年11月15日、辞書やフランス語のテキストが詰まった重いスーツケースを抱えて羽田空港に向かいました。 =続きは随時=

本誌:2006年11.27号 12ページ

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