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日航機墜落事故

 20年前の真夏の夕方、いつも行っていた大阪・梅田の散髪屋で髪を切ってもらいながらテレビを見ていたら、とんでもないニュースが始まりました。

 日航機が墜落したというのです。 日本航空史上最悪の事故の第一報からは、一体どこで何が起きたのか、にわかには把握できませんでした。

 やがて群馬の山中に日航機が激突したこと、しかも乗客者名簿に何か聞き覚えのある名前が見える。悪い予感は的中、小学校時代のクラスメートY君夫妻とお子さんが乗っていたのです。奥さんと子供さんだけ奇跡的に生還したご一家です。

 Y君はいかにも良家の坊ちゃんという感じの少年で、製材所を経営しておられたお父さんは冬になると学校の石炭ストーブの焚き付けにと端材を持ってきてくれていました。いいヤツに限って、、、という思いを禁じ得ませんでした。

 空中爆発のような事故ならいっそあきらめもつくかもしれませんが、30分もダッチロールをして恐怖のどん底で亡くなっていった肉親の喪失感と精神的後遺症。500人を超える遺族の方々のこの20年間の苦しみはいかばかりでしょうか。

 ああ、それなのに2度と事故を起こさない誓いをしたはずの日本航空は今年に入ってから、これでもかというぐらいミスや事故を重ねています。航空会社ばかりか管制ミスや管制塔の停電騒動も起きて、冗談ではなく飛行機は怖いという気がします。

 私も飛行機に乗る前はマンションの大掃除をして万一に備えています。男の一人暮らしの住まいに遺族になった親兄弟が入った時、あまりの乱雑さに悲しみさえ忘れてしまうであろうことを危惧するからです。

本誌:2005年8.11号 14ページ

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