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母の転倒

 母が最初に転倒して大腿骨を折ってしまったのは今から4年前のことです。幸い寝たきりにはなりませんでしたが、一人で歩くのは困難になり、最近ではベッドから食卓やトイレに移動する時、介助なしではもう無理になってしまいました。

 若いころの聡明で活動的な母のことを思うと、今や食事、トイレ、風呂など、生きていくのにどうしても必要なこと以外何もしなくなった母の存在がいつのまにか私の中で軽くなってきていたのも事実です。

 ところが先日、ぽかぽか陽気の午後、庭で母をひなたぼっこさせていた時のことですが、私がニワトリが遠出しているのに気づいて連れ戻しに行ったわずかな時間の間に母が椅子から立ち上がったらしく、コンクリートのタタキの上に倒れていました。

 ほんとうにショックでした。もし足の骨が折れていて手術ということにでもなれば、今度は完全な寝たきりになって、もはや回復することなくやがて寿命を終えるだろう、と思われたからです。

 ニワトリに気をとられて母から目を離した自分を責め、「夢なら覚めよ」と願わずにはおられませんでした。母がそれなりに元気であるのをいいことに、あまり気にかけなくなっていた自分にバチが当たった!。

 今までの母の日常生活―食事、トイレ、風呂に入るぐらいしか日課のない生活―がどれだけ有り難く(文字通り)、感謝しなければいけない状態であったかと思うと一睡もできませんでした。

 翌朝になると案の定、足腰を激痛が襲い歩行不能。救命救急病院にかつぎこんで精査してもらったら骨は折れていませんでした。奇蹟という他ありません。まさに神様からのプレゼントです。そしてこれはもうあまりしゃべらなくなった母なりの訴えだったような気もします。

 「私がここにいるのを忘れないで」と。

本誌:2005年4.1号 14ページ

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