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浅墓(あさはか)

 北朝鮮による拉致被害者の多くが既に亡くなり、しかもお墓ごと洪水で流されたなどと釈明するのを聞いた時、「なんと浅墓(あさはか)な言い訳!」と思いました。あるいは文字通り、北朝鮮のお墓は基礎が浅く、洪水で簡単に流されるのでしょうか。

 三島由紀夫の小説には様々な当て字が出てきて、その“言い得て妙”ぶりには感心させられます。煙がたなびくのは「棚引く」。紀州の山中に山桜が咲く光景は、正に世界遺産にふさわしい極上の日本画の世界、三月末にもなるとまるで違い棚のように山桜が川面に層をなし、棚引くように咲きます。

 「八釜しい」というのもあります。お釜を八つもガンガンたたけばほんとにやかましそう。有名な当て字としては「五月蠅い」がありますが、これはちょっと理屈っぽいのであまり好きではありません。

「六ヶ敷い」うーむ、当て字としてはかなり「むつかしい」。そもそも当て字は何時のころから使われてきたのか、歴史を遡ってみると、万葉仮名にまでたどり着きます。平安時代に仮名が発明されるまで、漢字を表音文字として使用してきたのですから、いわば日本語は当て字から出発してきたようなものです。

 かな漢字交じりを特徴とする日本語は、近代になってからは欧米から外来語を自由に取り込んでいっそう豊かな表現力をつけ、今や若者のメールは顔文字で埋め尽くされています(*^_^*) 

 それにひきかえ、英語やフランス語、アラビア語、そしてハングルなど表音文字(アルファベット)だけで文章を作る言葉は何と貧相に見えることか。逆に中国語のように表意文字だけで一切を表現する言葉の五月蠅く堅苦しいこと!

 何でも包み込んで自分のものにしてしまう日本語の柔軟さに乾杯です。「最近の若者の言葉は乱れている」などと六ヶ敷いことは言いたくありません。

本誌:2005年3.1号 14ページ

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