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連載記事マネーの道しるべ 45

物語をつむぐ

  • 森康彰氏

 いつか子どもが大きくなった時に読ませたいと小説家の中上健次全集をそろえています。独身時代に買いそろえたのですから、とても思い入れがある小説です。中上健次氏は、戦後生まれで初めて芥川賞を受賞した小説家であり、彼自身の言葉を借りれば世界的に見ても数少ない被差別部落出身の稀有な作家であり、がんにより若くして亡くならなければ、川端康成氏に次ぐノーベル文学賞作家になったのではないかと思います。実際は、1992年、大江健三郎氏が受賞する2年前に亡くなっています。

 なぜ、自分の子どもに中上作品を読ませたいのか。それは言葉狩りにあっている現代社会に対して、子どもたちに言葉を取り戻し、輪郭を明確にすることで向かい合ってほしいと願うからです。中上氏が芥川賞を受賞した「岬」から始まり、「枯木灘」「地の果て 至上の時」と連なる紀州三部作は、妹を犯し、異母兄弟を殺し、最後には実父までも殺す内容です。それは物語でありながら、この世界に存在している話です。小説を読むと、その世界のにおいや太陽のまぶしさまで感じることができます。そこにある葛藤や悲しみを共感することができます。

 朝、新聞を読めば、幼い子を餓死させた親の記事や祖父母の命を奪う孫の事件の結果だけが報じられています。本当に同じ世界で起きた事件なのかと現実味がなく、不気味さだけが後味悪く残っています。

 格差が広がる中、私は言葉を獲得し、物語をつむがなければならないと感じています。言葉を狩られ、言葉を失ったとき、私たちはその言葉でくくられていた世界を失い、その世界に住む者はなき者にされることを認識しなければならないのではないでしょうか。私は連載を続けていく中で、今そこに存在している社会問題を感じながらも表現できない自分の愚かさを痛感しています。そして、それがこれからも連載を続けていきたいという理由でもあります。

●森康彰●2年間、保険代理店に勤めた後、2008年に保険コンサル会社㈲e.K.コンサルタントを設立。2014年に東京支社を設けるなど、首都圏へも業務を拡大中。 敬愛する人物は、稲森和夫、立川談志。

本誌:2018年11月26日号 14ページ

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