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連載記事杉山慎策の経営学考察

行動経済学とシャープのブランド論2

 行動経済学の「フレーミング効果」などについて前回述べた。もう少し行動経済学について継続する。行動経済学の主張するところは、従来の経済学が想定している完全に情報を把握していて理性的に行動するという消費者の考え方は必ずしも正しくないということである。「プラセプラス」という薬(?)をご存知だろうか。プラセボ製薬株式会社が提供している商品である。製薬会社という社名ではあるが、実際に薬を販売している訳ではない。この会社のミッションは下記のように定義されている。

 「偽」という漢字の成り立ちを「人の為(ヒトノタメ)」と解釈し、ニセモノ“なのに”やニセモノ“だけど”ではなく、「ニセモノ“だから”できること」と肯定的に捉えるこの言葉をコーポレート・スローガンとしています。

 厚生労働省は健康寿命を、人の寿命において「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義している。2016年は男性72.14歳、女性74.79歳と発表されている。同年の平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳であり、平均寿命と健康寿命の差が大きな問題となっている。男性は8.84年、女性は12.35年の間医療サービスに頼らざるを得ない。老人たちは処方された多くの薬を飲むことになる。そろそろ認知症にもかかっている年代であり薬を飲むことが仕事になっている。不要になった薬の代わりに出されるのが「プラセプラス」である。中味はお菓子のようなものであるが、形状は薬に近く、効くと思って飲むと十分に効果を発揮する。つまり、プラセボ効果である。行動経済学に限らず、マーケティングにおいては消費者をしっかり見つめて戦略を展開する必要がある。

 バイロン・シャープは「ブランディングの科学」で消費者の行動を丹念に調査してからマーケティングを展開すべきであると主張している。米国の歯磨き市場ではクレスト(プロクター&ギャンブル社)とコルゲート(コルゲート・パーモリブ社)が2大ブランドである。市場シェアはそれぞれ37%と19%である。ところが、その消費者の分析をすると、クレストの顧客のロイヤル・ユーザーは38%、ブランド・スイッチャーが46%、ワンタイム・バイヤーが16%である。コルゲートの顧客は、ロイヤル・ユーザーが21%、ブランド・スイッチャーが68%、ワンタイム・バイヤーが11%である。クレストのブランド・スイッチャーにクレストが好きかどうか尋ねたら68%がYESであり、32%はNOであった。同様にコルゲートのブランド・スイッチャーに尋ねると43%がYESであり、57%はNOであった。クレストのブランド・スイッチャーに両者の品質について聞くと、クレストは90%以上の人が品質はよいと答えており、コルゲートの品質が良いと答えた人は70%である。コルゲートのブランド・スイッチャーに同じように品質について聞くと、クレストとコルゲートともに約80%がよいと回答しているが、クレストの方が少し高い。

 皆さんがコルゲートのマーケティング担当者だとしよう。クレストとの市場シェアは約2倍の開きがある。どのようなマーケティング戦略を展開すべきであろうか。シャープは担当した市場調査会社から下記が提案されたと述べている。
1. コルゲートの品質をアピールする広告戦略
2. クレストとの比較広告戦略
3. 広告出稿量を強化する戦略
4. コルゲートのロイヤル・ユーザーのプロフィール調査
シャープはこのような古典的なマーケティング理論を批判しているのである。何故だろうか。

 ピーター・ドラッカーも「間違った設問に対する正しい答えほど始末に負えないものはない。」との明言を残している。シャープによればクレストとコルゲートのような場合、両者のブランドの売上高の差は、
1. ブランドの顧客数
2. ブランドの購買客数の購買頻度
の二つにより生ずると結論している。売上は購買客数×購入回数である。購買客数を増やすためには何が一番大切なのか。先ず考えなければならないのは市場浸透率である。戦略論の古典のアンゾフ・マトリックスを思い出して欲しい。筆者は大手消費者メーカーに講演に招かれることがある。最初に聞くのはそのメーカーのトップブランドの市場浸透率(ニールセン用語でPCW)、別の言い方をすると配下率である。言うまでもなく、平均配下率ではなく、加重平均配下率が重要になる。残念ながら配下率を日常のマーケティングや営業活動の中で捉えている会社は非常に少ない。シャープはこれを「ダブルジョパディの法則」と名付けている。確かに品質についての消費者の意識向上は重要ではあるが、その前にやるべきことがある。正しい設問こそが重要なのである。

本誌:2018年9月3日号 23ページ

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