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運転免許証更新手続きに思う

 20歳のころ自動車の免許証を取って以来ほぼ半世紀、3年ごとに更新してきたので、私はあの不毛な儀式にこれまでの人生で15回以上付き合ってきたことになります。なぜ不毛かというと、そもそもおよそ免許というからには、医師免許でも弁護士資格でも、国家が関わる資格認定とか免許は所定の技能と知識を収得した結果与えられたもので3年とか5年ごとの短期間に更新しなければならない理由が分かりません。

 このような主張に対しておそらく警察は定期的な更新が必要だという理由を山のように挙げるでしょう。視力や認知力が落ちているかどうかチェックしなければならない、改正された法令を周知したい、更新しないと年齢とともに顔の形が変わってしまい身分証明に不都合等々。こういう理屈に対して異論を唱えても水掛け論になってしまうので深入りする気はありません。

 しかしながら社会制度が早くから発達し成熟したヨーロッパでは免許証は一度取ったら生涯有効という国が多いようです。ドイツやフランスではおじいちゃんやおばあちゃんが18歳のころの顔写真を貼った免許証で車を運転しているといいます。イギリスでは70歳の誕生日まで書き換えはないそうです。もし免許証更新がないゆえに致命的な支障があるのなら早くから自動車社会になったドイツやフランスで見直しがないはずがありません。

 となるとやはり日本での免許証更新制度というのは単なる手数料稼ぎ、あるいは警察関係の人々の雇用対策ではないかと邪推したくなります。それに更新手続きのたびに不思議、不愉快な思いがするのが交通安全協会という謎の存在です。なぜ県の運転免許センターに公(おおやけ)の組織でもない交通安全協会が入り込んで営業できるのでしょう?

 更新手続きに必要な証紙を買うとき安全協会に入るよううながされますが、あの窓口の証紙を売っている人は県の公務員なのか協会の職員なのか一度尋ねてみたい気がします。協会は所場代や電気代をちゃんと県に納めているものと信じますが、警察組織と協会の見事なまでの渾然一体ぶりには大変当惑します。

 最後に、運転免許センターの権威主義丸出しの建物にひとこと。私はあの偉容を見るたびにナチスドイツの総指令本部を連想してしまいます。

本誌:2017年7.17号 13ページ

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