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コミュニケーションの土台となる「認知」

 今号ではまず、こんな実験からスタートしたいと思います。15秒間ほど目を閉じて、今その部屋にある白い物を思い浮かべて下さい。目を開けた瞬間、あなたの目にはその部屋にある白い物が飛び込んできたことでしょう。しかし、逆に緑色の物を思い浮かべて下さい、といわれて目を閉じた人はどうなるでしょう?今度は緑色の物が目に飛び込んでくるようになります。人は同じ物を見ているようで、意識一つで見えてくる物が違うのです。

 職場や家族、地域のコミュニティーまで、私たちの周りには常にコミュニケーションが存在します。コミュニケーションの土台となるのが、物事の受け止め方「認知」です。出来事が感情を生む、と誰もが思いがちですが、実はそれは違います。上司に企画を否定された、だから怒りを覚えた、などと出来事が感情を生むと捉えてしまいがちですが、企画を否定されたことを、期待の高さの証と受け止めて、ますます奮起する人も中にはいるのです。

 小さい頃犬に噛まれた全員が犬嫌いになるわけでもないですし、ひどい振られ方をした全員が異性との付き合いが苦手になるわけではありません。同じ出来事があっても同じ感情が生まれるとは限らないのです。出来事と感情の間には、その出来事を意味付けするというその人特有の認知があります。悩んでいるとき、周りの人とうまくいかない時にはこの認知にゆがみがあることが多いのです。

 まず、認識してほしいことは「人はみんな、その人独自の眼鏡越しに世の中を見ているのだ」ということです。似た眼鏡の人はいるかもしれませんが、たとえ双子で生まれたとしても出逢った人や経験が違えば、全く同じということはありません。人は世の中を自分の価値観に照らし合わせて、見たいように見ているのです。

 冒頭の実験のように、白い物を探しているときには、緑色の物があっても目には入ってこないのです。「普通はそんなことしない」「そうするべきでしょ」「そんなのありえない」「常識で考えれば分かるでしょ」などといった言葉が思い浮かぶときには、注意が必要です。みんな違った眼鏡越しに世の中を見ているのだ、と受け止めるところからコミュニケーションが始まります。

 あるとき、工場で事務のお仕事をしている受講生の方からこんな告白を受けました。「工場で作業をしている人から、あなたはずっと座って仕事していてラクでいいわね~って言われたことに腹が立って仕方が無いんです。私だってすごく気を使って大変な思いをして仕事をしているのに何言ってるのって、思い出しても腹が立ちます」。

 確かに、その相手の方の物事の捉え方はズレているかもしれません。しかし、こんなときぜひ「こんなことを言う人には、どんな眼鏡がかかっているのだろう」とその眼鏡に関心を持ってほしいのです。そうか、ずっと立って仕事をしている人には私がラクをしているように見えるのか、とまず認知の違いを受け止める、相手の物の見方に関心を持つことから始めてほしいのです。それは「共感」と呼ばれるコミュニケーションのスタート地点なのです。

 共感と同調は違います。「私も同じ」と同調することは疲れます。共感は同じである必要は無いのです。そうなのか、あなたにはそういう風に見えるんですね、と受け止めることが「共感」です。相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じるようにしてみること。今の状況をちょっと俯瞰で見て、あの人からはどう見えているんだろうと考えてみること、そんな習慣をコミュニケーションのスタートにしてほしいのです。

本誌:2017年5.22号 19ページ

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