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エスカレーターあれこれ

 中国発のニュースには毎度驚かされます。天津大爆発の被害者数は発生後5日目現在で死者、行方不明者合わせて約200人と発表されていますが、中国のネット市民自身“0が2つ足りない”と被害者数の過小ぶりをいぶかっています。天津大爆発の少し前は中国各地で発生する“人喰いエスカレーター”の恐ろしい事故の映像がテレビのワイドショーで繰り返し流されていました。

 エスカレーターの安全性は疑う余地のないものだと信じていたのに、簡単にステップが外れて落ちる中国のスーパーの映像を見せつけられた後しばらくは駅やデパートでエスカレーターに乗るとき思わず身構えてしまいました。

 我が人生でエスカレーターなる不思議な乗り物に最初に出会ったのは岡山の天満屋でした。年輩の方は記憶されていると思いますが、今の天満屋は1970年代初めごろに大きく増築されました。それ以前は今の建物の南半分が店舗で、店舗と県庁通りの間がバスステーションでした。

 天満屋は小さいながらも岡山における流行の発信地でした。その天満屋に岡山県初のエスカレーターが設置されたのは昭和30年代だったと記憶しています。わざわざバスに乗って見物に行ったぐらいエスカレーターは珍しいものでした。

 天満屋が今の姿になった70年代初めごろイギリス旅行した際、ロンドンの地下鉄駅でステップが木製のエスカレーターが現役で活躍しているのを見て仰天しました。その後、木製ステップのエスカレーターはニューヨークのメイシーズ百貨店でも見かけました。

 同じころフランスでは雨ざらしのエスカレーターや階段の踊り場で水平に動くエスカレーターがあるのに驚いたのですが、これらはその後日本でも目にするようになりました。もっとびっくりするのがスパイラルカーブを描いて上昇するエスカレーター。岡山県ではアルネ津山に設置されているそうです。

 なぜあんな不思議な動き方が可能なのか、私の頭では理解できません。上のフロアーに到達したステップがうまく反転して下に降りていくところが想像できないのです。なにはともあれエスカレーターは子どもの夢を刺激する魔法の乗り物。中国の事故のような痛ましい事例は根絶してほしいものです。

本誌:2015年8.31号 13ページ

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