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父との生活

 生来抹香臭いことが大嫌いな父は94歳の現在でも自分が間もなく生を終えるだろうことなど考えもしないようです。3、4年前に「いったい何歳まで生きるつもり?」と尋ねたら「120」と答えていました。これを世間では「大還暦」というようですが、日本の歴史上それを達成した人はいないと思います。

 つい先日のこと、父から言うと本家の本家、いわば総本家のバアさんが100歳の大往生をとげました。東京生まれの母がこんな田舎の父のもとに嫁いできたとき、当時30前後だった近所のこのバアさんは母が勤めていた小学校の校長と親戚だったのをいいことに、田舎の因習など全然知らない母のことを逐一校長に告げ口し、母はそのたびに校長室に呼び出されて説教されたと晩年認知症を起こすまで悔しがっていました。

 あわただしくバアさんの葬儀があり、本家の従兄弟に香典の金額を相談したところ、「うちの親がなくなったとき3万円もらっているから、分家のそっちも3万円にしろ」と理不尽なことを言います。本家はそうかもしれないけど分家の我が家ではいまだかつて一度も葬式なんか出したことがなく人様から一銭だって香典をもらっていません。

 そこで父に相談してみたところ、「あんな家、1万円で十分」と随分値切ってきました。私:「お母さんをいじめていたバアさんだし、本家よりは一歩下がって2万円でどう?」ということで決着がつきました。(おばさん、香典を1万円値切ったのはあなたの人徳のなさのせいですから天国で怒らないでね!)

 昨年の確定申告の時期にあの東北大震災と原発事故が起き、面倒くさがりやの私は「日本が沈没するかもしれないというのに確定申告どころではない」と変な理由をつけてとうとう昨年は申告せずじまい。先週、去年のと今年の申告書を作りました。還付金は中古の軽自動車が買えるぐらいの額になりました。

 「お父さん、これから税務署に行ってくるけど、還付金を僕にくれない?」。「おう、全部やるから一銭でも多く取り戻してこい!」と激励されました。父の後押しを受けて少額の医療消耗品まで申告。いろいろ忙しかったし、両親の還付金をありがたくいただいて月末、上海まで気晴らしに出掛けることにしました。

本誌:2012年3.19号 13ページ

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