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介護と生きがい

 高齢の両親を孤軍奮闘しながら在宅介護をしている私の様子がいかにも不可解なのか、毎週往診していただいているH先生が診察を終えての帰り際、「介護をしていてどんなときに幸福感や満足感がありますか?」と尋ねられました。

 意表を突く質問に一瞬とまどいつつも「どんなときというより常時幸せだと感じています」とお答えしました。「これは野暮なことを聞きました。そうでなくては介護など長続きしないですよね」、先生はあきれたのか感心したのか笑いながら帰っていかれました。

 我ながら調子のいいことを言ってしまったと思いましたが、両親はこの世とのつながりが次第に薄れかかってきているうえに慢性病を抱えているとはいえ1日1日を自宅で安穏に過ごしていてくれることが本当にありがたく思われます。

 しかし、一方では時間に束縛される日々に“自分のことが何もできない”“ たった1日でいいからのんびりしたい”と焦燥感にかられ、今の生活に限界を感じているのも事実です。

 ところが2月中旬、父が体調を崩して入院、続いて母の様子が何かいつもと違うのが気になり病院で検査してもらったら肺炎を起こしていてダブル入院しました。わずかな体調の異変を見逃さず少々強引に病院に連れていったのが幸いして今では両親とも快方に向かっています。

 このたびの両親の入院は私にとって思わぬ休息の日々になりました。今なら2泊3日ぐらいの旅行ならどこにでも行くことができます。夜行バスに乗って東京へ行こうか、暖かい台北に行こうか、それとも鹿児島まであてのないドライブをしてみるのも捨てがたい……

 しかし、行動より先に日頃の疲れがどっと出てしまいました。何にもする気がおきません。昼過ぎまで寝てコンビニ弁当を食べる日々。

 人生って何だろう、人生ってこうもヒマだったのか、これって初老期の“ひきこもり”なのかなあ?定年退職した人がすることもなく家にいたら若者のひきこもりとまったく同じ状態になるのも無理ありません。

 こうしてみると両親を毎日24時間、週7日看ていることは思いのほか自分自身にとっても意義があることだと気付きました。少なくも人生ってヒマだなどと考えなくていいだけでも幸せなことです。

本誌:2011年2.28号 12ページ

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