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人口減少化時代

 国会中継を聞いていると日本の将来にとって最大のマイナス要因は急速に進む少子高齢化であるとの認識が与野党問わず共通のものになっているようです。

 その論拠は年金にしても介護にしても数年のうちに高齢化する団塊世代に支払うべき年金財政が破綻し、医療・介護は人手不足・財源不足でにっちもさっちもいかなくなる、何よりも国力が低下して日本は沈没するというものです。

 これに対し国は少子化対策担当大臣を置き、民主党政権はまがりなりにも子ども手当を実現する一方、菅首相は消費税アップをもくろみ、国民も福祉目的なら消費税アップもやむなしのムードに傾きつつあります。

 しかし、私にはそもそも少子化は本当に問題なのか、むしろ歴史的には今こそ国民一人ひとりが尊重され、よりよい生活をするための条件が整ってきているのではないかという気がしてなりません。

 江戸時代の人口は約3000万人でしたが、江戸や京都、大阪などの大都市だけでなく地方も藩を中心に空前の繁栄を誇っていました。江戸は世界一の大都会として上水道が整備され、屎尿処理、ごみ処理は徹底したリサイクルシステムによって環境に負荷をかけることなく近郊農村との共生関係が確立していました。

 ところが人口が江戸時代の4倍になった21世紀の現在、かつて藩の中心地だった町、例えば高梁(備中松山藩)でさえすぐ近くまで限界集落が迫っています。これは明らかに明治以来の大都市中心のいびつな国家経営が失敗に帰し、国土の均衡ある発展が阻害されてきた結果です。

 それでは人口の高齢化問題はどうすればいいのか、ひとことで言うとレセフェール(なりゆきまかせ)で構わないと思います。団塊世代の老後問題に国が金をつぎ込むのはほどほどにすべきであり、また少子化を無用に恐れたり無理矢理「生めよ増やせよ」などと号令をかけるよりも、むしろ人口減少化時代に即した国のあり方を真剣に考えるべきではないでしょうか。

 日本はたとえ人口が半減しても最先端テクノロジー、金融資産による収益、観光を三本柱としてより豊かな未来を思い描けるはずです。それには民度の高さを維持しつつ、遅れている教育改革には徹底的にメスを入れなければなりませんが。

本誌:2011年2.14号 14ページ

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