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マラケシュ

 この夏の異常な暑さには本当にまいります。俳句の季語に散りばめられた情緒豊かな日本の夏の風物詩などとは縁のない過酷な夏。悪意に満ちた太陽がきょうも朝から照りつけています。

 20年ほど前、同じような暑さを体験しました。モロッコの古都マラケシュ。世界文化遺産の町のど真ん中にあるジャマ・エル・フナ広場近くの安ホテルに宿をとりました。夕方近くになると広場がにぎわってきます。オレンジやスイカを売る屋台、ヘビ使いの怪しいおじさん、アクロバットを見せる辻芸人の若者たち、そして喧騒をいっそううっとうしいものにするのがいつ果てるともないアラブの民族音楽です。

 安ホテルにはエアコンがなく、開け放した窓からは広場の騒音とシシカバブを焼く脂と獣肉のにおいが容赦なく襲ってきます。夜もかなり更けたというのにこの部屋の暑さはいったい何だろうと思って壁に触ってみたら壁が熱い。壁だけではなく床からも天井からも熱波が放射されてきて、まるでパン焼き釜の中に放り込まれたような息苦しさ。

 フウフウ言いながらロビーに出たら、アメリカ人の若者が「屋上で寝たら涼しいよ」と教えてくれました。

 アトラス山脈を望み、空気がカラカラに乾いたマラケシュの夜空の何と美しいこと。陳腐な表現ですがまさに自然のプラネタリウムです。

 マラケシュに滞在したあと、現地で知り合いになったベルベル族の大学生たち3人とでレンタカーを借り、アトラス山中にある彼らの故郷の村に行きました。電気も水道も電話もないところでしたが一家総出でウサギ肉のシチューやクスクス料理で歓待してくれました。

 夜になると屋敷の中庭にカーペットを敷いてそこで雑魚寝したのですが、これがまた夢の中の出来事だったような素敵な眠りでした。空には満天の星、狼の遠吠え、大理石のひんやりした感触……。

 翌朝、目が覚め、水洗式(手水でお尻を洗う)トイレで用を足し、家の周りを見たらいたるところにコウノトリの巣がありました。高い塔の上で風にあおられながら子育てしていたコウノトリの姿が今でも目に浮かんでくるようです。

 異常に暑い今年の日本の夏、しかしこの暑さが昔の懐かしい放浪の旅を思い出させてくれました。

本誌:2010年8.30号 14ページ

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