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老いの風景

 両親の介護を始めてそろそろ10年目になります。今また91歳の誕生日を目前に母は感染症を起こして久しぶりに入院中です。ふと生じた小休止の時間。孤軍奮闘の10年の間に起きたいろんなことが思い出されます。

 私が仕事を辞めて郷里の岡山に帰ってくるのを待ってましたとばかりに、母は風呂上がりに転倒し、大腿骨を折ってしまいました。

 入院先の母の病室でラジオを聞いていたら大阪教育大池田校で児童が何人も殺傷されるという信じがたいニュースが流れてきたのが今でも鮮明に記憶に残っています。「お母さん、大阪で恐ろしい事件が起きたよ。テレビをつける?」

 認知症が出始めた母のためにテレビのリモコンの使い方を説明しました。「NHKを見るには“5”のボタンの上を指で押したらいい」と私。ところが母は“2”を押すので画面はザーザー。「お母さん5の上を押さにゃー」、母「じゃから5の上を押しょうるが……」。

 確かにリモコンのチャンネルボタンの5の上は2でした。このときほど母の仕草をいとおしく思ったことはありません。「ごめん、ごめん、5の上じゃなく、5のボタンそのものを押すんじゃあ」。でもそのころからリモコン操作ができなくなりました。

 骨折も何とか治癒して家に帰ったあと母は私を何度も笑わせてくれました。通院の途中、助手席に座った母が交番の電光掲示板を読み上げます。「暴力団ナンバーワン」、電光掲示板の文字は「暴力団No!」でした。さらに「暴力団を利用しよう!」という。電光掲示板には「暴力団を利用しない!」という文字が流れていきました。母お得意の先読みでした。

 しだいに日常のことがままならなくなった母のトイレ介助をしながら、「お母さん、ぼくのような孝行息子を生んでおいてよかったね」と話しかけたら、母はしばらく考えたうえで「そういう意味ではお父さんの存在理由があったわね」と若き日の理屈っぽい文学少女に戻っていました。

 その父もまもなく93歳です。ドアの向こう側で父が猫のチビちゃんに話しかけています。「ドアのそばに座っているだけではダメ、おっちゃん(私)を呼ぶのならドアをトントンとたたかなくては」。60年も続いた父・息子の葛藤もようやく幕を降ろしつつあります。

本誌:2010年7.26号 12ページ

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