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父の見栄

 92歳の父にとって一番つらいのは、腰痛でも透析治療でもなく、おそらくは長生きし過ぎたことによる友人・知人の喪失ではないかと思います。電話もかける相手がそろって天国に行ってしまっては常時圏外です。

 そんな父あてに珍しく宅急便が届きました。開けてみると有名ホテルのスープの缶詰がぎっしり。差出人は女性で「妙子」さん。「お父さん、妙子さんて誰?」「教員時代の後輩じゃ」と言うことなのですぐお礼の電話をかけました。

 年輩の上品な女性が出られたのでひとことお礼を述べ、父に電話機を渡しました。父はこのごろとみに記憶力が衰えさっき言ったことはすぐ忘れるくせに昔のことは鮮明に覚えていて延々話に花を咲かせていました。

 妙子さんから尋ねられたのでしょう、父が近況を語っていました。「体のあちこちが痛むし、生ける屍です…でも幸いなことにまだ自分の足で歩けますから病院にも1人で出かけています」

 私はひっくり返りそうになりました。5mも歩けない父を週3日病院に送迎するのに私がどれだけ大変な思いをしているのかまったく意識にないようです。ベッドから車まで車椅子で移動させ、病院に着いたらまた車椅子に乗せて透析室へ連れていくのですが、何事も時間がかかり私はいつもイライラ。それを「1人で病院に行っています」とは!

 長い父の人生。父はまだ50歳、長身でいつも仕立てのいいスーツを着こなし、教育の理想を語り、さっそうと校内を歩いている。後輩の妙子先生は30代後半…

 そんな妙子先生に父は老いさらばえた哀れな姿など見せたくなかったのかもしれない。

 「お父さん、何もそんな見栄張らなくてもいいのに。妙子先生だって十分おばあちゃんになってるし」
 
 とはいえ、とっさに自分の矜持を相手に披露してみせる父の芸風は、若輩者の私には真似できないなと認めざるをえません。

本誌:2009年12.14号 14ページ

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