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隠居生活元年

 53歳のとき大学図書館を辞め、両親の介護を始めてはや8年の歳月が流れました。この間、元の同僚や中学校のクラスメートたちがそれぞれの職場で責任ある仕事に没頭しているのを横目で見ながら、何とはなしに居心地の悪さを感じていました。

 ところが昨年夏、還暦の誕生日を迎えて気分が変わりました。同年齢の知人や友人が次々と退職し始めたからです。彼らに対して「自分は引退生活においては8年も彼らの先輩だ!」という妙な自負があります。言わば「自分はレースから早々とリタイアしてしまったと思っていたけれど実は先頭を走っていた」という感じかもしれません。

 また雀の涙ほどの額とはいえ共済年金の支給も始まりました。働いてもいないのに2カ月に1度これから先、死ぬまでお金を振り込んでくれるなんてこれほど結構な精神安定剤は他にありません。

 物心両面、今まさに質素ながら落ち着いた本物の隠居生活が始まったという気分です。「今や何でもできる!」。とはいえ、「日暮れて道遠し」というようなことだけは避けたいと思います。

 たとえば「今からアラビア語を勉強してみよう」などというのは無謀なことです。20代のころから何度かアラビア語に挑戦したもののその都度挫折したものがいまさらものになるはずがありません。

 それよりも外国語で言えば学生時代、かなり熱心に勉強した英語、フランス語、イタリア語に限定して好きな映画のDVDを見ながらお気に入りのセリフを原語で丸暗記したりするほうがよほど実り豊かなものになると思います。

 旅。いままで恐ろしげなイメージゆえに行ったことがない青森の恐山がしばらく前から私を呼んでいます。

 暗く不思議な蠱惑で現世とあの世を結ぶ最果ての地の恐山を訪ね、そこから来し方を見直すことは隠居生活元年にふさわしい旅であるような気がします。

本誌:2009年1.1号 78ページ

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