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ご長寿の孫自慢

 いきつけの喫茶店で何となく顔見知りになった人が晩秋のある日、伯父夫婦を伴って店に来ました。老夫婦2人だけの暮らしは味気ないだろうと、よくできた甥っ子が気分転換に郊外までドライブに誘ったようです。

 今年85歳というそのお爺さんはまさに矍鑠(かくしゃく)という言葉がぴったりのダンディーで頭はしっかり、会話のポイントを外しません。そのうち孫自慢が始まりました。

 「孫娘は声楽の勉強のためにイタリアに留学してましてなあ…」

 「それはすごいですね」と私。

 「いやあ大したこたあない。芸大出たゆうても…」と謙遜しつつもお爺さんは問わず語りに、芸大というのは東京芸大のことだと付け加えるのを忘れませんでした。

 私が「声楽家が売れっ子歌手としてデビューするには運も大きいですよね。その点“千の風になって”の秋川雅史なんかいい歌に出会えて…」と言いかけたら、すかさず「ありゃあ、なにぃ東京芸大じゃないよ」と却下されました。

 私もめげずにしつこく、「デビューのチャンスはいつやってくるか分からないから、田舎の公民館の催し物でも結婚式の余興でも“お座敷”がかかる限り断ったりしたらだめですよ」と申し上げました。

 東京芸大出のソプラノを芸者呼ばわりしたのがお気に召さなかったのか一瞬気まずい沈黙が。すると甥っ子が、「伯父たちはこの前、県北のK町公民館まで孫の帰国リサイタルを聞きに岡山からわざわざ夫婦そろって行ってやったんですよ」と余計なフォローをしました。

 孫がちゃんと田舎の“お座敷”もこなしているのをお爺さんはよく知っていた故の沈黙でした。

 私の父もそうですが、85になっても90の坂を越えても決して“枯れない”こと、これこそが長生きの秘訣です。

本誌:2008年12.15号 14ページ

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