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惻隠の情

 昔の職場の後輩、K君を誘って年末に上海に行ってきました。空前の好景気に活気づく上海はクリスマス商戦で大賑わい。夕方の混雑した地下鉄は老若男女みんなケータイに夢中で、その喧(かまびす)しいこと中国パワー炸裂です。

 そんな車内で気になる声が聞こえてきました。「ママパパマパマー、ママパパマパマー」と私の耳には聞こえたのですが、意味不明の言葉を繰り返しながら、少女が乗客ひとりひとりに声をかけ、小銭を求めて巡回して来ます。見ると頭髪の半分がなく両手の指にも重度の障害があり、しかもその手を差し出してきます。

 乗客の反応はというと完全無視。リアリストである中国人の国民性なのか、それともこういう物乞いにはもう慣れっこになっているのか、ともかく彼女がこの車両に入って来てからの収穫はゼロでした。

 彼女が接近するにつれ私はどぎまぎしたのですが、同行の若者はさっとポケットから10元札を取り出して渡しました。10元といえば1日食いつなげる額です。ところが少女はお礼の言葉ひとつ言わず、また「ママパパ…」とつぶやきながら去って行きました。

 あとでK君に「君は小金をケチケチ貯めて今や大富豪なのは知っているけれど、なかなかいいところあるじゃない」と言っておちょくってやったら、「いや、彼女はプロですよ。5m後ろから母親がちゃんと娘がいくら稼いだかチェックしていたのに気付きませんでした?」と情況を説明してくれました。

 一見、哀れな親子にも計算づくのプロ根性があることを見抜いていながら、それでも心を動かしちゃんと10元渡してやるなんて! “惻隠の情”が日本人から失われてしまったとお嘆きの藤原正彦先生(「国家の品格」著)に教えてあげたい気分でした。

本誌:2008年1.14号 36ページ

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