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三木記念賞との因縁

 突然、三木記念賞をいただけるという内示をもらった。何が受賞の対象になったのだろうかと、一瞬思ったし、「あれらのことか」とも思った。後から選考理由を聞いてみると、ボクのささやかな断片的行為が評価されたらしい。

 それはさておき、ボクと故三木行治元知事には、多くの因縁がある。

 三木さんは、岡山簡保の所長を経て、厚生省に移られた方である。岡山に「おせいさん」と言うおばさんがおられた。この方が、母親的な役割をされていた。ちょっとしたご縁で、ボクはこの方に大変可愛がっていただいていた。

 だから、三木さんが知事に立候補された時は、火の玉になって応援したことを懐かしく思い出す。

 ボクが医者になって、初めての就職先は広島逓信病院だった。病院長は蜂谷道彦と言う岡山市横井上のご出身の方で、三木さんとは小学校からの竹馬の友であった。蜂谷先生はしょっちゅう、三木さんのことを話題にしておられた。

 蜂谷先生は、達磨さんに良く似ていたので、あだ名は「達磨さん」であり、三木さんは「恵比寿さん」だった。蜂谷先生は、「ヒロシマ日記」を著された方で、そのご縁でボクは被爆者治療の経験も出来た。

 ボクは晩年、得度して仏門に帰依した。その時の導師は、葉上照澄老師。この方は和気のご出身で、千日回峯行を達せられた比叡山の長老である。滋賀医科大学の「献体友の会」会長、「宮沢賢治の会」の全国会長も務めておられ、世界宗教サミットを成功に導かれた方でもある。和気の元恩寺に眠られている。

 師の教えに従い、ボクも献体の手続きを済ませている。この老師が実は、三木さんの戒名を付けられている。

 ボクは幼くして実父母を亡くし、継母との母子家庭で成長した。周囲の多くの方々のご恩で、今日を迎えることが出来ている。お釈迦様の教えの中に「六施」というのがある。六つの布施を常に心掛けよという教えだ。ボクは少しでも、それを行うことで多くの方々からいただいたご恩を返そうと心掛けている。

 このようなご縁深い三木記念賞を図らずもいただけた。これは仏様のボクに対する啓示だと受け止めた。

本誌:2007年9.10号 26ページ

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