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アルジェリア紀行(3)

 大学生になった年、1968年5月にパリで大規模なゼネストが発生しました。いわゆる「5月革命」の発端です。5月革命が何であったのか忘れた人でも「フランシーヌの場合」という歌には記憶があるのではないでしょうか。

 当時、フランスは学生運動だけでなく、実存主義のサルトル、ヌーベルバーグのゴダールなど、戦後文化の絶頂期を迎えていて、“おフランス”にあこがれる人は多かったのです。

 さて、オルリー空港に降り立った私はそれこそ”世界の中心”に来たという胸の高鳴りを押さえきれず、夕方のアルジェリア便に搭乗するまで待機・休憩するようにと会社が用意してくれた「空港ヒルトン」の部屋に荷物を放り投げて、タクシーでルーブル美術館へ向かいました。

 タクシーが市内に近づくにつれ不思議な感動にとらわれました。初めての町なのに違和感がないどころかどこか懐かしい。まるで心理学でいうところのデジャビュ(既視感)体験そっくりですが、実はそうではなく、映画で見慣れたパリの風景の中に自分が入り込んでいく感動だったのです。

 晩秋の穏やかな午後、ルーブル宮横を流れるセーヌの川岸にもたれながらプラタナスの落ち葉が舞うのを見てしばしうっとり。その後の人生で十数回パリに行きましたが、セーヌ川を見るといつも最初の感動がよみがえります。

 ところで、わずか3時間ほどのパリ見物を終えてオルリー空港に戻った時の所持金は10米ドルも残っていたでしょうか。

 というのも日本を出る時会社がくれた外貨はわずか50ドル。まさか空港のホテルでおとなしく乗り継ぎ便を待つはずの若者が町へ出掛けるなんて”想定外”の事だったのかも知れません。

本誌:2006年12.11号 12ページ

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