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無意識下の差別

 あるとき、知り合いのイタリア人女性が涙目になりながら日本での不快体験を語ってくれたことがあります。

 いわく、「マイラさんは日本人のようにきれい!」、「マイラさんは日本人のように優しい!」、「日本人のように賢い!」などと誉められる。これではまるで外国人はみんなブスで意地悪、頭も悪い、だけどあなたは例外です、と言われているようなものだと。

 似たような話ですが、日韓ワールドカップのおりに、ある学者が新聞に意見を述べていました。セネガルやカメルーンなどアフリカの黒人選手が活躍するとマスコミは決まって、「高い身体能力」という言葉を使って評価する。一方ドイツ人など白人選手の活躍には、「戦略」とか「頭脳」という言葉が用いられる傾向にあると。

 黒人は頭脳でというよりも、野生動物並みの体力で勝負しているのだという偏見が誉め言葉の下に見え隠れしているという指摘です。

 こういう何気ない差別は人から言われて初めて気付くことが多いものです。別の言葉で言えば、差別というものは無意識のうちにしてしまうからこそ一層罪深いのではないでしょうか。

 蛇足ながら私の不快体験をご紹介します。フランスの田舎町で高級レストランに入ったのですが、私1人テーブルクロスのかかっていない席に案内されました。ちょうど高級料亭で使用済みの割り箸でも出されたようなものです。

 なぜその場で抗議できなかったのか今でも悔やまれますが、ふだん日本で差別などということに無縁あるいは鈍感な生活ができていることはむしろ幸せと言うべきかもしれません。

本誌:2004年6.21号 16ページ

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